礼の始まりは?

内田樹氏は、武道の最初の「礼」は自分が正しい時、正しい場所に、正しい仕方でいるということを確認すること、「今、ここ」を肯定すること、と述べていました。(身体の言い分)

その内田氏と能楽師・安田登氏が対談したものをまとめた『変調「日本の古典」講義』で、安田登氏が「礼」について述べていた部分、なるほど!と発見がありました。

まず人格が変容します。少なくとも礼の前と後では、同じ人間ではなくなります。人格だけではなくて、共同体も変容する。それは、その変容がないと共同体も個人も疲弊してしまうというところがあるんです。

(中略)

礼によって、はじめて神や祖霊とコミュニケーションができるんです。で、霊とコミュニケーションができるくらいなら人間相手でもできるんじゃない?として応用されたのが、いわゆる礼儀作法の礼です。

以前から、「礼」の旧字体は「禮」で、どうして神様にお供えするものと、それを置く台を意味する漢字「禮」を使ってるのかな?って不思議に思っていたので、それについて説明された文章に出会えて、これこれ!と興奮してしまいました。

以前、禮(れい)についてのブログを書いた時から疑問に思っていたことです↓

 https://matei-life.com/rei/ 

授業前と後のあいさつ。

上田情報ビジネス専門学校もとても大切にしています。

クラスは、学びの共同体で、その空気で学生たちは学んでいく。

自分を学びの共同体の一員だとする確認の意味合いが、授業前のあいさつにはあることを、安田登氏の言葉から再確認しました。

 

トマト(麗夏)が赤くなり、食卓にのぼりました。