大きな数の割り算

まていに

小学生低学年の頃、算数は大好きでした。

足し算も引き算も、明確に答えが出る。

 

しかし、ある時、算数の歩みの足が前に出なくなったことがあります。

それは、大きな数の割り算を初めて習った時でした。

例えば【 504÷72 】

先生は「だいたい7かな、って7を書きます」と説明。

「だいたいって、何?」

算数のスカッと感が大好きだった私は、モヤモヤ。

「だいたいって、どうやって、だいたいが分かるんですか?」

多分、質問したと思います。

「それは、このくらいかな?と思って、近そうな数を置いてみて計算するんです」

「このくらいかなって・・・」

算数は、ピシッとした答えがあるもの。

なのに、「だいたい」とか「このくらいかな」って何?

3×2=「だいたい6」なんてないのに、なんで割り算に「だいたい」があるの?

算数なのに、このいい加減さは許せない!

一歩も先に進めなくなりました。

後日の授業でも、そこに引っかかって先に進めない私を見かねた先生が

「じゃあ、順番にやってみよう。まず1を置いてみる。まだまだ大きい数で割れるね。次は2。まだまだ。次は3。まだまだ。次は・・・・」

こう説明してくれて、私はようやく納得。

「だいたい」とは言うものの、ちゃんと算数の計算が隠れていたんだ!

「だいたい」は「当てずっぽう」ではなかったのだ!

それがわかってから、ようやく前に進むことができました。

 

時々思い出すこのモヤモヤ体験。

最近、橋爪大三郎先生が書いた子供向けの本「さんすうの本」を見つけました。

えっ?橋爪大三郎先生といえば、社会学者の橋爪先生?

いや、同姓同名の先生かなあ・・・

開けてみれば、やはり社会学者の橋爪先生が書いた算数の本。

先生は18歳から定職をうるまでの20年あまり、家庭教師で収入を得ていたそうです。

教えた生徒は、100人以上。

みな、似たようなところでつまずくのですが、ちょっとサポートするだけで調子が出てどんどん伸びる。

じゃあ、「ちょっとサポート」が得られない子供たちは、どうするのだろうか、ということで本を書いたそうです。

橋爪先生は、あの大きな数の割り算を、先生はどう説明しているのか、読んでみる必要があるぞぉ!

「さんすうの本」は、すみれという女の子が、ナンバーランドを冒険するお話し。

天使たちが教えてくれる設定です。

大きな数の計算では、123456÷78の計算がありました。

「123から78をひいて、45。上から4を下ろして、454。この中に78がいくつ入っているか、だいたいの見当をつけると、5」

おお、ここでも「だいたい」というファジーな用語。

でも、次のページにちゃんとフォローがありました。

天使がすみれに語ったのが以下です。

5の見当をつけるところが、コツがいるね。78は、だいたい80。454は、だいたい450。8×5=40、8×6=48、を参考にすると、5がよさそうだとわかるわけなの。」

天使のじょうじが言いました。

「うん、最初はまごつくかもしれないけど、そのうちだんだん慣れてくると思うよ。」

まごつく気持ちをわかってくれる天使の言葉、いいなあ。

 

「だいたい」とか、「見当をつける」「このくらいかな」という言葉には、丁寧な積み上げがあることが理解できてから、ようやく歩みを進めることができた体験。

算数につまずいたのではなく、言葉に引っかかっていた。

  

私は橋爪先生のように、ロマンチックではないので、大工の親方と弟子の会話で大きな数の割り算を考えてみました。

【360÷72】

親方「おい、末吉! 柱が1本足んねえや! あっちに72センチに切った角材がたんとあるだろ。それをつなげて360センチの柱にするから持ってこい!」

末吉「ヘイ!」

末吉はとりあえず3本運んできました。

それを見た親方はイライラ

「てめー、何で一度に運んでこれねえんだ!」

「どんくらい持ってくれば360センチになるか、わかんねえです。」

最初の頃、3本じゃまだ足りないなあ、じゃあ4本?と何往復もして必要な角材を用意していた末吉も、修業を積んで、次第に見当がつくようになり、一回で必要な数を運べるようになりました。

 

教える立場になった今の私は、というと、

どうしても、説明を端折りすぎの傾向があると反省しています。

ブログのタイトルにある「まてい」な説明に心掛けよう!

今年は、一層、言葉を磨いていこう!