ヴァイオリンのレッスンで、先生から「音質と音色」について教わりました。
音質=「きれいな音」
では、音色は?
先生が、どちらもきれいな音で同じメロディーを、「元気な音色」と「悲しい音色」で弾き分けてくださいました。
音色ってどこから違いが出るのかな、と思いながら、私のアナウンサー時代のことを思い出しました。
悲しいニュースを読んだとき、私は悲しい声で読んでいたつもりです。
しかし、あとで録画を見返してみると、声の質は、微笑みながら読んでいるように聞こえていてショックを受けました。
意識していても簡単に表現できない声の「音色」について考えさせられました。
ヴァイオリンに音色があるように、声にも音色があり、その表現こそが難しい。
気持ちはその感情に達していても、その音色が出せない・・・。
朗読で意識する点として、「トーン」、「ピッチ」、「スピード」、「間」などが言われています。
音色は、そのどれもを意識しても表現できない部分があります。
朗読だったら「上手く読もう」、ヴァイオリンだったら「うまく弾こう」と、こうした意識にとらわれている限り、音色は響かないのかもしれません。
私が教えている学生の中に、生き生きした身体から生き生きした言葉を発することができる学生がいます。
生き生きした身体と表現しましたが、教育原理で教わった表現を使うと「柔らかい身体」です。
ストレッチができるといった柔らかさではなく、言葉の勢いが身体と乖離していないことです。
いい音色は、こうした身体から湧いてくるものなのかもしれません。
教え方を間違えると、柔らかい身体を硬い身体にしてしまいます。
テクニックの指導に走ることなく、「伝える」力を育むことの奥深さを、ヴァイオリンのレッスンを通して改めて感じました。