ピーマンの肉詰めを作った理由

音訳

長野県庁で開催された「令和元年度第1回長野県障がい者施策推進協議会」を傍聴してきました。

というのは、視覚障がいの委員さんに、資料の音訳をお手伝いさせていただいたからです。

音訳をしていて、私の読みが「借りてきた言葉」の感じが否めませんでした。

例えば、「医療的ケア児」「高次脳機能障害」など、字面を追っているだけだなあ、と思いながら読んでいたんです。

傍聴して理解を深めようと思いました。

会議では、障害者差別解消法の施行による、世間の意識についてなど、委員さんから意見が出ていました。

その中で、障がい者支援施設関係の委員さんから、こんな意見が出ました。

「施設を利用する障がい者を“〇〇ちゃん”と呼んでいました。それは、家族のように愛情を感じていたからでした。しかし、それが、相手を尊重していない差別であると指摘され、勉強になりました。」

ずっと、携わってきた方の、飾らぬ意見にハッとしました。

 

思い出すことがあります。

それは、視覚障がい者向けの料理教室に、ボランティアとして一緒に参加した時の出来事です。

料理指導団体の女性たちが先生でした。

私と一緒に料理した視覚障がい者の女性は、全盲でしたが、手際よく料理をしていました。

「よく、息子のお弁当にエビフライを作ったわ。ミートボールも息子が好きで、作ったわよ。市販のミートボールは気に入らないようで、私のお手製がいいって言うの。」と、昔のお弁当づくりの思い出をお話ししてくれました。

料理教室で作った料理は、ピーマンの肉詰めです。

玉ねぎのみじん切りが入ります。

その全盲の女性は、見事な包丁さばきで、細かく玉ねぎをみじん切りにしました。

それを見た料理指導の女性がひと言・・・

「すごい上手!わたしらより上手いわね~。」

褒めていたものの、その言葉の中には、視覚障がい者を、下に見るような感じがありました。

私はうなずくこともできず、固まってしまいました。

ずっと、息子さんのお弁当を作ってきた視覚障がいの女性は、料理のベテランです。

料理指導者の女性は、視覚障がい者は、私たちより料理ができないと決めつけてしまっているような言い方でした。

 

無意識のうちに、差別してしまっていることが、私にも多々あると思います。

県の障がい者差別解消相談窓口には、様々な相談が寄せられているそうです。

例えば、視覚障がい者が同行援護者と一緒に歩いていると、自分を無視して同行援護者に話しかけられる、といった、障がい者への理解不足についてなどです。

きょう、料理教室の出来事を思い出したので、ピーマンの肉詰めを作りました。

そうそう、ピーマンの肉詰めは、ピーマンの種とわたの部分をそのまま残して、そこに肉を詰めると、肉が剥がれません。

種は食べる時には、全く気になりません。

肉の方から焼くのではなく、ピーマンの方から焼くと、肉が剥がれないとも聞いて、きょう、ピーマンの方から焼きました。

見事、肉とピーマンが剥がれず、成功しました。

 

きょうの会議には、手話通訳者さんもいました。

聴覚障がいの委員さんは、資料と手話通訳と両方を見なければならず、大変だなあと思いました。

説明の声に耳を傾けながら資料に目を落とすという何気なくやっていることが、その委員さんはできません。

頭で理解しようとしても、気づかないことだらけです。

でも、理解しようと思うことが、まずは一歩ですね。