「話しことばの表出の前に」という表題で書かれた文章に、改めて、「やわらかい身体」が、話すためにいかに重要かを確認しました。
「やわらかい」というのは、開脚ができるとかそういうものではなく、事象の勢いが、そのまま移り、ことばとなって発せられる「やわらかな身体」のことだと私は考えています。
「子どもの場面緘黙(かんもく)サポートガイド」(共同出版)に書かれていた文章です。
この本は、金原洋治先生(山口県下関市、かねはら小児科院長)と、高木潤野先生(長野大学社会福祉学部准教授・信州かんもく相談室代表)の共著です。(2018年12月発行)
「社会的場面におけるコミュニケーションが成り立つための階層構造」が記されていました。
第1の水準が「動作・態度の表出」
第2の水準が「感情・非言語の表出」
第3の水準が「言語の表出」
という3層構造になっているというのです。
ピラミッド構造で表された図解では、第1の「動作・態度表出」が一番下の土台の部分、第3の「言語表出」が一番上に位置していました。
話しことばでのコミュニケーションができるためには、身振り、表情や動作などが表出できていることが大切です。
身体が強ばっていては、言語表出にたどりつかないというのです。
音楽も同じかなあ。
第1と第2の水準ができていないと、音で感動させることはできないのでは?
先日、テレビで、中国出身のピアニスト、ラン・ランさんのピアノレッスンが放送されていて、興味深く見ていました。
小さな音が表現できないという、小さな女の子に対する指導です。
感情豊かに弾くことが大切で、そのために、音を出す前に、息を吸って、手首の力を抜くこと、と指導していました。
指導を受けた女の子が弾くと、私が聴いていてもわかるほどに、指導前と音が変わりました。
また、森山良子さんが、「さとうきび畑」の最初の「ざわわ、ざわわ、ざわわ」の部分が、何度歌っても納得できず、困り果ててアドバイスをもらったエピソードをラジオで語っていました。
歌の先生から「重い機関車が動き出す時の車輪のように」と指導されて、そのイメージで歌ったところ、ようやく納得のいく歌い方ができたと話していました。
私のヴァイオリンの先生も、よく、そういった指導をしてくださいます。
「雨のしずくが落ちるように」とか
「話す」ということは、音楽を奏でるのと同じで、表現したいものの勢いを身体にビリビリと感じないと、生き生きとした言葉にならないのでしょう。
きょう、ビーナススラインを車で走りました。
茅野市車山には「メロディーロード」という、走るとタイヤが音楽を奏でる楽しい道があります。
時速40キロで走ると、タイヤが道路の切れ込みを超える度に音が出て、連続した音は「スカボロー・フェア」になっているのです。
爽やかな高原に、短調の曲調。ギャップがおもしろいです。
遠くに富士山が見えました。
ウグイスも、ぎこちなく鳴いていました。
ウグイスも練習を重ねて上手くなるのが可愛らしいです。